LOGIN「このメッセを最後に、大和とは連絡取れなくなって。返信ない時点で、祐里と凌にも行かない方がいいって話したけど、大和に会えるかもしれないからって、参加して。俺もnormal組で参加したけど、大和もいないし、祐里にも凌にも、会えなくて」
真野が自分の手を、ぎゅっと握り込んだ。
「それで結局、三人ともかくれんぼの後から連絡が取れなくなった。鈴木先輩に確認しても、全員帰したとしか、言わない。折笠先生にも相談しに行ったけど、ダメだと、思った」
真野が微妙に視線を逸らした。
戸惑いが浮かぶ真野の目には、隠し事の匂いが漂って見えた。
「……WOには、セクシャルな話題は付きものだし、ある意味で日常だから、気にせず話していいよ」
真野が驚いた顔で理玖を見詰めた。
やっぱり、そういう方面かと思った。
「onlyもotherも性交でフェロモンが落ち着くのは事実だ。その場合、相手はnormalでも問題ない。セフレはWOにとって、ある種の薬だ。normalの君には受け入れ難い事実かもしれないけど、WOの研究者にはセクシャルな話題はある程度、許容範囲だよ」
世間一般的にセックスフレンドが社会で認められているかと言えば、答えはNoだ。
日本の社会は特に、性に関して閉塞的で隠匿性が高い。
WOの生態は、日本ではまだまだ生きづらい。
「……ちょっとは、知ってます。祐里が、そうだから。昔からフェロモンが多くて発情しやすくて、俺が時々、相手すると、落ち着いてた……」
真野が赤い顔を隠しながら、小さな声で答えた。
知らないながらも実体験でonlyの幼馴染の抑制剤になってやっていたのだろう。
顔を見るに、それだけではなさそうにも思うが。
「折笠先生には、どうして相談できないって、思った
晴翔の腕を引いて、理玖がホテルの廊下を早足で歩く。 その足が、やっぱり怒っている。「理玖さん、あの……」「下の階の部屋に皆が待機してるから、移動する」 ぴしゃりと言い切られて、晴翔は言葉を飲んだ。 エレベーターホールに人影はなく、すぐに扉が開いた。 乗りこむと、理玖が窓の外に視線を流した。「栗花落さんがRISEの潜入捜査の件を飲んでくれた。積木君と秋風君に拉致られたことになっているから、キミと鈴木君の約束は破綻してる。その件で文句を言われても突っぱねていいよ。言わせもしないけど」 理玖の言葉が刺々しい。 臥龍岡との秘密の会合に理玖が参戦しても問題ない状況が出来上がっていた。 鈴木との約束を知っているということは、やはり103号室での会話を聞いたということだ。「栗花落さんには手を出さない条件でしたからね。秋風君は、こっちについてくれたんですね」「小林君が説得してくれた。鈴木君のフェロモンが切れてから、自分から小林君に会いに来たらしいよ。彼もそろそろ限界なんだろ」 積木を始め、RISEの構成員が心的限界を迎え始めている。 破綻の音が聞こえ始めた。「そうですか」 短く返事を返す。 謝りたいのに、ごめんなさいが言えない。 理玖の纏う雰囲気が言わせてくれない。「……ごめん。キミを利用するような真似をした。鈴木君との会話は國好さんと確認してたんだ。臥龍岡先生がキミに接触して、どんな話をするのか、知りたかった」 理玖が淡々と話す。 それが妙に他人行儀で、心がざわつく。「
「それで、助手のspouseを迎えに来たシェリンフォードは、この後、どうしますか?」 挑戦的な臥龍岡の瞳が理玖を見詰めた。 理玖が口元を覆う晴翔の手を剥がした。「そうですね。貴方相手じゃ晴翔君は勃起しないみたいなんで、連れて帰ります。たまたま隣の部屋に滞在していて、たまたま隣の部屋の声が漏れ聞こえてきただけですが、見つかって良かったです」「理玖さん……」 もう、謝るしかない。 きっと理玖には、臥龍岡とのやり取りを全部、聞かれている。 観念して、晴翔は心の中で何回もごめんなさいを唱えた。「そうですか。ランクの高いホテルを指定したつもりでしたが、部屋の壁は存外、薄いんですね。クレームを入れておきましょう」 臥龍岡が楽しそうに話す。 この状況を楽しんでいる顔に見えた。(想定内って言っていたから、臥龍岡先生にとって理玖さんが乗り込んでくるまでがシナリオだったんだ) 臥龍岡の顔はいつも大学で見るような、張り付いた笑顔だ。(だけど、佐藤さんや折笠先生の話をした時の臥龍岡先生は、ちょっと違った。あれが素なのかな) 折笠を愛していたかと問い掛けた時の臥龍岡は辛そうだった。 一瞬、零してしまった本音なんだろうと思った。(こんな風にすぐ、表情や態度を作れるのは、RoseHouseの教育なんだろうか) 自分の子供に人を騙すような教育を施す安倍晴子の気持ちが、晴翔には理解できない。 まるで道具のような扱いに感じる。 臥龍岡も鈴木も、RoseHouseのdollだ。(理玖さんは可愛がられていたって推
突然、部屋のベルが鳴った。 ビクリと肩が震えて、晴翔は部屋の入口を振り返った。「鈴木君ですか? それとも別のRISEの子ですか?」 時刻は既に深夜だ。そろそろ日を跨ごうとしている。 今更、誰かが参戦したところで、話は既に終わっている。 晴翔を眺めていた臥龍岡が、息を吐いた。「やれやれ、ですね。てっきり空咲さんが王子様だと思っていましたが。御姫様だったんですか?」「なんの暗喩ですか? 今から俺に何か、させるつもりですか?」 晴翔は顔を顰めた。 例えば、この場に鈴木圭が参戦して興奮剤を持参しフェロモンで酔わせて晴翔を洗脳しても、臥龍岡側に得はないだろう。(今の話を俺が正気で持って帰らなければ、臥龍岡先生が俺を呼び出した意味がない。話しをした上で鈴木君のフェロモンで洗脳して、俺に理玖さんを説得させる気か? 興奮剤を持ってこなかったのは、油断させるためのブラフ?) 考えを巡らせる晴翔を、臥龍岡が流し見た。「貴方自身は一人で来たつもりだったようですね。正直者の空咲さんの誠意は疑いませんよ。貴方の周囲が貴方の状況を放っておかなかっただけでしょう。想定内ですけど、思ったより遅かったですね」 臥龍岡が立ち上がり、ドアに向かった。「それって、まさか、理玖さんが?」 それとも國好だろうか。 昼間は話にも出なかったし、蘆屋は秘密にしてくれると約束したのに。 臥龍岡が振り返って、晴翔の左耳に触れた。「新しいピアスですね。最初から気になってはいましたが。それにネクタイピン。普段はピンなんかしないでしょう」
「有り得ない、そんなの……Spyri`s noteには記載がなかった」「Spyri`s noteには全例失敗の記述のみ。日本での実験なんて、書かれていなかったでしょう。記載なんかできませんよ。文献に残して誰かの目に触れたら、世界中がパニックです。特に向井先生は特別です。私や圭のように、ただのクローンではないのだから」 臥龍岡の口から、クローンという言葉が初めて飛び出した。「レイノルド・シュピリが最も作りたかった人間は、自分以上に高い能力を有した特別なonly。彼はrulerになりたかった。その生態を余すことなく調べ尽くすためにね。レイノルド・シュピリはWO学術界の父とも呼ばれる存在ですが、残念ながらrulerではなかったんです」 恐る恐る顔を上げる。「じゃぁ、理玖さんは、成功例……?」 臥龍岡が頷いた。「レイノルド・シュピリが唯一残したmasterpeace、世界にたった一人しか存在しない、人工的に作られたrulerです」「人工的に……」 響きがあまりに乾いていて、まるで人を指す言葉には思えない。「至高の造形物ですよ。いや、物なんて言い方はmasterpeaceに対して失礼です。人間が神以上の御業で人間を生み出した。その証であり、向井先生自身が人を超越した存在、つまり神です。だから向井先生はRISEにとり、RoseHouseにとり神であり、晴子が最も欲しがる存在なんです」 一番初めに聞いたのは、積木大和の言葉だった。 それすらも晴翔は佐藤の録音データで聞いた。『向井先生は我等の神です』 あの時とは、まるで違った意味に聴こえる。
改めて淹れ直したコーヒーを、臥龍岡が晴翔に差し出した。 晴翔は部屋に来た時のように臥龍岡に向かい合ってソファに座った。(自分の推理が読まれるのは構わないって、理玖さん言ってたけど。何処まで読まれてもいいんだろう) 晴翔なら手の内は隠しておきたい。 そのほうが、どう考えても有利だ。(有利になる必要はないってコトなのかな) コーヒーに映る自分の顔を眺めながら、臥龍岡がクスリと笑った。「空咲さんがそれだけ無防備に私と圭の関係を会話の中に撒き散らしているってことは、少なくとも向井先生と空咲さんの間では共通認識。ソースは私が提示した種以外なら、栗花落礼音、更にもう一つ、向井先生が手に入れた形に残る何か。ソースが礼音なら、警察官の國好明良も把握している」 臥龍岡の目が上がった。 その顔は、すっかりいつもの臥龍岡に戻っていた。「yesなら沈黙で構いませんよ」 咄嗟に反応できなくて、晴翔は黙った。 無理に否定する必要がなくて、言葉が出なかった。(臥龍岡先生の会話運びは巧みだ。俺の小さな心の動きを掴んで利用してくる。まるで心の内を全部見透かされているみたいだ)「最初にヒントを与えたのは私ですし、RoseHouseの真実に辿り着くのは大歓迎です。動かぬ証拠があっても、向井先生は告発しないでしょうから」 臥龍岡が平然とコーヒーを啜る。「動かぬ証拠を、警察官も把握しているんですよ。RoseHouseは、いつガサが入ってもおかしくない状況です」「しないでしょう。國好明良には出来ない。何故なら、栗花落礼音は彼の家族だから」 晴翔は、ぐっと言葉を飲
起き上がった臥龍岡が腰を動かして晴翔の股間に自分の股間を押し当てた。「あーぁ、バレちゃいましたね。まさか向井先生ではなく空咲さんに指摘されるとは思いませんでした」 臥龍岡が、いともあっさり誤魔化しもせず白状した。「昼間、鈴木君に興奮剤を持たせて俺を襲わせれば、話は早かったと思いますが。何故、そうしなかったんですか」 洗脳が使える鈴木を使えば早かったはずだ。 わざわざあんな手の込んだ真似をしてまで晴翔を呼び出すのは、二度手間だしリスキーだ。「空咲さんを洗脳しても、無意味だからです。空咲さんには空咲さんのまま、向井先生の隣にいてもらわないと、困ります」 臥龍岡が晴翔の唇に指を押し当てた。「昼間の演出は栗花落礼音の心を折るためでもありましたけど。それ以上に、空咲さんの心を乱す為です。正義感の強い空咲さんは圭のやり方に怒りを覚えたでしょう? 今宵の誘いには絶対に乗ってくれるだろうし、怒りで心を乱したまま、私に会いに来てくれる。交渉を有利に進めるための前座です」 まんまと臥龍岡の戦略にハマったのだなと思った。 実際、晴翔はその通りの心境でこの場所に来た。 そう気が付いても、先程までの怒りも焦りも込み上げてこなかった。「話しているうちに空咲さんが冷静になっちゃったので、切り替えたつもりでしたけど。空咲さんて、向井先生相手じゃないと勃起しないんですか? それとも、フェロモン感じないと勃たないんですか?」 臥龍岡が晴翔の上で腰を振る。 気持ちいいが、欲情しない。「知りませんよ。少なくとも、貴方相手では無理みたいです」 自分でも正直、ビックリしている。 股間が驚くほど反応しない。